上橋菜穂子 を含むイラストが 4 件見つかりました ( 1 - 4 件目を表示 ) タグで検索

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 師に一礼をして背を向け、馬車を降りようとしたとき、ふいに、師の声が聞こえた。 「……あの新しい薬は、いずれ多くの命を救う。──焦るな」  扉の脇の取っ手につかまって、わたしはふり返った。  師は口を結んだまま、わたしを見つめておられた。  わたしはもう一度深く礼をして、馬車を降りた。にじんできた涙を、歯をくいしばって耐えながら。 (出典: 上橋菜穂子 (2013年) 「秘め事」, 『獣の奏者 外伝 刹那』, 講談社.)

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 シュガにとって、この冬は忘れがたい冬になった。聖導師から秘倉の鍵を渡され、日常のすべての仕事と修行を中断して、秘倉の中に二百年ものあいだねむっていた大聖導師ナナイの手記を読み解く作業に没頭したのである。 〔中略〕  秘倉で見いだした大聖導師ナナイの手記を、苦労しながら読むうちに、シュガはしだいに、その手記にのめりこみ、夕食さえ忘れてしまうほどになった。〔中略〕それほど、ナナイの手記はおもしろかったのである。  日の光のまったくささない地下の秘倉は、数本の風穴しかあいていない、せまい穴倉だった。シュガはそこに太いろうそくを十本ももちこみ、鏡をうまく使って、部屋をかなり明るくすることに成功した。できれば火鉢ももちこみたかったが、閉じた穴倉で炭を使うと、炭が燃えるときにでる毒で死ぬといわれている。秘倉は、しんしんと冷えこんだが、綿入れを着て、ろうそくの火のわずかなぬくもりにたよるしかなかった。 〔中略〕 読みすすむうちに、シュガは、ふと、ナナイがなぜ、これほどまでにくわしい手記を残したのか、そのわけに気がついた。――時はかならず事実をねじまげる。飾るために、あるいは神話にするために。ナナイは、生きているうちから、自分がやがて、この国の創世神話の主人公となることを知っていた。だから、国の礎を守るために使われる、ゆがんだ神話となってしまうもののほかに、自分がほんとうに体験してきた事実をひそかに後世に残そうとしたのだ。 〔中略〕 もうひとつ、ナナイは、その星読博士が伝えたヤクーの宇宙観に、とても心をひかれたらしい。目に見える世〈さぐ〉と見えない世〈なゆぐ〉が、たがいにささえあいながら、生きいきと世界をかたちづくっている、ヤクーの宇宙観にである。 〔中略〕手記の中には、あちらこちらに、ナナイの愚痴が書いてあった。たまには自分の頭を使え、と、トルガル帝をののしっている部分もある。シュガは、ひとつの国をつくるという壮大な仕事に熱中しながらも、つい愚痴をこぼさずにはいられないナナイの人柄に、親しみをおぼえた。 (出典: 上橋菜穂子 (2006年) 「2 秘倉にねむっていた手記」, 「第三章 孵化」, 『精霊の守り人』, 偕成社, 202-206ページ.)

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"「あ、これ、これ! 出ていっちゃだめよ」  ふり返ると、天幕の布を持ち上げて、ユナがちょこまかと走りでてきた。  ユナは真っ直ぐに、トナカイ囲いの方へ駆けて行こうとしている。中腰で出てきた母が、すんでのところでユナをつかまえたとき、何かが吠えているような異様な声が、遠くから聞こえてきた。  はっとして声がした方をふり返ると、いくつもの黒いものが、ぐんぐん迫って来るのが、ぼんやりと見え、カシャカシャと雪原を蹴る足音が聞こえた。 「父さん!」  指さす間もなく、松明の明かりにその姿が浮かび上がった。  黒い毛並み、金色の目、そして、剝きだしになった牙が、炎の明かりにきらめいた瞬間、先頭の獣が宙に跳ね上がり、一直線に父を襲った。" (出典:上橋菜穂子『鹿の王 第二巻』「第五章〈裏返し(オッファ)〉」「二 変化」)

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"「飛鹿の群れの中には、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿が現れるのです。長でもなく、仔も持たぬ鹿であっても、危難に逸早く気づき、我が身を賭して群れをたすける鹿が。たいていは、かつては頑健であった牡で、いまはもう盛りを過ぎ、しかし、なお敵と戦う力を充分に残しているようなものが、そういうことをします。  私たちは、こういう鹿を尊び、〈鹿の王〉と呼んでいます。群れを支配する者、という意味ではなく、本当の意味で群れの存続を支える尊むべき者として。──貴方がたは、そういう者を〈王〉とは呼ばないかもしれませんが」  どこか翳を宿した目で、男は言った。 「ですから、私たちは、過酷な人生を生き抜いてきた心根をもって他者を守り、他者から慕われているような人のことを、心からの敬意を込めて、あの人は〈鹿の王〉だ、と言うのです。私たちが敬うのは、そういう人々で、だから、生まれついての貴人は、いないのです」" (出典:上橋菜穂子『鹿の王 第四巻』「第十章 人の中の森」「一 ヴァンとホッサル」)

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