精霊の守り人 アニメ を含むイラストが 8 件見つかりました ( 1 - 8 件目を表示 ) タグで検索
シュガにとって、この冬は忘れがたい冬になった。聖導師から秘倉の鍵を渡され、日常のすべての仕事と修行を中断して、秘倉の中に二百年ものあいだねむっていた大聖導師ナナイの手記を読み解く作業に没頭したのである。 〔中略〕 秘倉で見いだした大聖導師ナナイの手記を、苦労しながら読むうちに、シュガはしだいに、その手記にのめりこみ、夕食さえ忘れてしまうほどになった。〔中略〕それほど、ナナイの手記はおもしろかったのである。 日の光のまったくささない地下の秘倉は、数本の風穴しかあいていない、せまい穴倉だった。シュガはそこに太いろうそくを十本ももちこみ、鏡をうまく使って、部屋をかなり明るくすることに成功した。できれば火鉢ももちこみたかったが、閉じた穴倉で炭を使うと、炭が燃えるときにでる毒で死ぬといわれている。秘倉は、しんしんと冷えこんだが、綿入れを着て、ろうそくの火のわずかなぬくもりにたよるしかなかった。 〔中略〕 読みすすむうちに、シュガは、ふと、ナナイがなぜ、これほどまでにくわしい手記を残したのか、そのわけに気がついた。――時はかならず事実をねじまげる。飾るために、あるいは神話にするために。ナナイは、生きているうちから、自分がやがて、この国の創世神話の主人公となることを知っていた。だから、国の礎を守るために使われる、ゆがんだ神話となってしまうもののほかに、自分がほんとうに体験してきた事実をひそかに後世に残そうとしたのだ。 〔中略〕 もうひとつ、ナナイは、その星読博士が伝えたヤクーの宇宙観に、とても心をひかれたらしい。目に見える世〈さぐ〉と見えない世〈なゆぐ〉が、たがいにささえあいながら、生きいきと世界をかたちづくっている、ヤクーの宇宙観にである。 〔中略〕手記の中には、あちらこちらに、ナナイの愚痴が書いてあった。たまには自分の頭を使え、と、トルガル帝をののしっている部分もある。シュガは、ひとつの国をつくるという壮大な仕事に熱中しながらも、つい愚痴をこぼさずにはいられないナナイの人柄に、親しみをおぼえた。 (出典: 上橋菜穂子 (2006年) 「2 秘倉にねむっていた手記」, 「第三章 孵化」, 『精霊の守り人』, 偕成社, 202-206ページ.)