「はぁ…」先刻預けられた『箱』を見ながら、私は嘆息する。事の発端は数日前。相談者が叔父に蔵の整理の手伝いを頼まれた際、蔵の中で見つけたらしい。叔父は昔、海外の蚤の市でその物珍しい見た目に惹かれて買って帰ったが、蔵にしまってからはその存在を失念していたと言う。彼女もまたその外見に興味が湧き、叔父に頼むと快く譲ってくれた。…だが、部屋に持ち帰ってからというもの、ラップ音がしたり、目眩や吐き気を頻繁に催すようになるなど、奇妙なことが立て続けに起こる。極めつけは、『箱』から感じる何者かの“気配”であった。彼女はいよいよ恐怖に耐えかねて、ここに駆け込んできた…という訳だ。私は早速、目の前にある『箱』を観察してみる。確かに微弱な呪力を放ってはいるようだ。しかし、見る限り彼女の言うような“気配”は確認出来ない。一通り見終えた所で、今度は直接『箱』を弄り始めた。『箱』は世界的に有名な、6色を揃える例の立体パズルに酷似している。強いて違いを挙げるなら、木製であること位だろうか。ならば、呪いが発現する条件もおおよそ見当はつく。昔からこういう遊びは得意だった。瞬く間に完成寸前まで進めてしまう。(おっと…)が、そこで私は反射的に動きを止めた。空気が揺らぎ、“気配”の正体がチラとこちらを覗いたからだ。恐らく、だが、この『箱』は途轍もない呪力を持っている。少なくとも、数人まとめて取り殺す程度は。私とて、対策もなしに直面すればタダでは済まない。ここで発現させるのは避けた方が賢明だ。(…これは、さっさと家に持ち帰って、対処法を考えなくてはなりませんね)私は『箱』を鞄にしまって部室のドアを施錠し、急ぎ足で校門を目指す。道中、何かあっては色々と都合が悪い。人ごみを避け、裏道から帰ることにした。学校を出て暫く歩くと、やがて薄暗い遊歩道にさしかかる。…すると、周囲がしん、と静まり返った。(…ちっ。間の悪い)これは、予兆だ。この世ならざる者の領域に、私は今、足を踏み入れたのだ。次→im10648662前→im10643217